鍼灸師の保険加入とは?賠償責任保険・受領委任・社会保険の違いと手続き
「鍼灸師 保険加入」で検索すると、賠償責任保険を案内する団体のページ、受領委任を説明する行政のページ、労災保険の組合案内がバラバラに並びます。どれが自分に必要なのか分からないまま、ページを行き来していませんか?
鍼灸師に関わる保険は大きく3種類あり、目的も手続き先も加入義務の有無もまったく違います。
この記事では3つの違いを整理したうえで、勤務鍼灸師と開業鍼灸師それぞれが何をどの順番で進めればよいかまでまとめました。
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鍼灸師に関わる「保険」の3つの種類

鍼灸師が「保険」と聞いて思い浮かべるものは、①施術中の事故に備える賠償責任保険 ②患者さんの健康保険を使うための受領委任 ③鍼灸師自身が入る社会保険の3つに分かれます。
同じ「保険」という言葉でも、①は民間の任意保険、②は行政への届出、③は公的な制度への加入と、性格がまったく違います。
| 賠償責任保険 | 受領委任 | 社会保険 | |
|---|---|---|---|
| 目的 | 施術中の事故・トラブルに備える | 患者さんの健康保険を使えるようにする | 鍼灸師自身の医療・年金・労災の保障 |
| 手続き先 | 民間の保険会社(職能団体経由が中心) | 地方厚生局・都道府県 | 勤務先 または 市区町村 |
| 性格 | 任意 | 届出 | 義務 |
施術中の事故に備える賠償責任保険
法律で加入が義務づけられているものではなく、あくまで任意の民間保険です。鍼灸師個人が入る形と、勤務先の施術所が施設として入る形があります。
個人で入る場合は、鍼灸師の職能団体に入会して会員向けの保険を利用するのが一般的です。単独で申し込める商品もありますが、団体経由のほうが選択肢を比べやすくなります。
患者さんの健康保険を使うための受領委任
受領委任は「保険に入る」話ではありません。患者さんが窓口で一部負担金だけを払い、残りを施術所が保険者へ請求できるようにする取扱いで、地方厚生(支)局へ申し出て初めて使えます。
保険を扱うかどうかで、施術単価や1日に診られる人数の考え方、つまり収入の組み立て方も変わります。
鍼灸師自身が加入する社会保険
勤務していれば健康保険・厚生年金に加入し、労災保険は手続きなしで対象になります。開業すると国民健康保険と国民年金に切り替わり、労災は原則として対象外です。働き方が変わったときに自分で動く必要があるのは、この3つ目です。
同じ「保険」でも、中身は全部別モノなんだね?
参考:厚生労働省「令和6年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」 / 厚生労働省「療養費について」
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賠償責任保険への加入

鍼灸は身体に鍼を刺し、熱を加える施術です。細心の注意を払っていても事故がゼロになることはなく、万一のときに自己資金で賠償するのは現実的ではありません。加入は任意ですが、職能団体の多くが会員特典として賠償責任保険を用意しています。
補償の対象になる事故
対象になるのは、施術やその準備・後片付けが原因で患者さんの身体や持ち物に損害を与えたケースです。
- ○鍼による気胸
- ○折鍼
- ○神経の損傷
- ○灸による熱傷(やけど)
- ○施術ベッドからの転落・つまずきによるけが
- ○待合室・施術室の設備が原因のけが
- ○預かった衣類・貴重品の破損や紛失
- ✕施術結果への不満(効果が出なかった等)
- ✕故意による行為
- ✕資格の範囲を超えた行為
いっぽうで、施術結果への不満そのものは補償の対象になりません。「思ったほど効果が出なかった」という訴えは、身体への損害とは別に扱われます。
- 美容鍼・電気を使う施術・刺絡など、特殊な手技が補償範囲に入るかは商品ごとに違う
- 物損(預かり品・什器)は別枠や対象外のことがある
事故のことって、考えるだけでヒヤッとするよね
加入できる団体と制度
鍼灸師向けの賠償責任保険は、職能団体の会員向けに用意されているものが中心です。
公益社団法人日本鍼灸師会は、会員特典のひとつに「治療上の事故からあなたを守る、賠償責任保険の加入」を挙げています。入会は在住する都道府県の鍼灸師会を窓口とし、認可されると都道府県会員と全国組織の会員を兼ねる仕組みです。
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会も、会員が協同組合を通じて損害賠償保険に会員価格で加入できるとしています。こちらもまず都道府県の師会に入会することが前提です。
どちらも入会資格は、はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師のいずれかの免許を持っていることです。
日本鍼灸師会 と 全日本鍼灸マッサージ師会 の比較
日本鍼灸師会
全日本鍼灸マッサージ師会
勤務鍼灸師と開業鍼灸師で異なる点
勤務している場合、勤務先が施設として賠償責任保険に入っていることがあります。ただし施設として入っている保険が、そこで働く施術者一人ひとりの行為まで補償するとは限りません。まず勤務先に契約内容を確認し、自分の施術が対象に含まれるかを見ておきましょう。
勤務先の保険は退職すると外れます。転職や独立を考えているなら、職場が変わっても続けられる個人加入を並行して持っておくのも一つの選択肢です。
開業した場合は、自分の施術だけでなく従業員の施術や院内で起きた事故も含めて責任を負う立場になります。スタッフを雇うタイミングで、補償の範囲を見直しましょう。
施設の保険 と 個人加入の保険 の範囲
重なる部分も「自分の施術が対象か」は勤務先への確認が必要
保険料の目安
保険料は団体・保険会社・プランによって幅があり、業界共通の相場として公表されている金額はありません。年会費に含まれる形もあれば、別途のオプションとして年払いする形もあります。
金額そのものより、次の項目を比べたほうが判断しやすくなります。
- 1事故あたりと保険期間中の補償限度額
- 自己負担となる免責金額
- 勤務先の保険と重複していないか
- 物損・受託物(預かり品)が対象か
- 美容鍼など自分が実際に行う施術が対象か
参考:公益社団法人日本鍼灸師会「入会案内(特典〜流れ)」 / 公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会「入会案内」
健康保険を取り扱うための受領委任の届出

患者さんが健康保険を使って鍼灸を受けられるようにするには、施術所側が地方厚生(支)局へ受領委任の申し出をします。申し出をしていない施術所では、患者さんはいったん全額を払い、自分で保険者へ請求することになります。
受領委任制度の仕組み
はり・きゅうの保険施術は、医療機関の診療と違って「療養費」という枠組みで扱われます。原則は患者さんが全額を支払い、あとから保険者に払い戻しを受ける償還払いです。
受領委任の取扱いを受けると、患者さんは窓口で一部負担金だけを支払い、残りは施術所が患者さんに代わって保険者へ請求します。患者さんの負担が軽くなるぶん、施術所側は請求事務と書類管理を引き受けることになります。
申し出先は地方厚生(支)局長および都道府県知事で、実際の書類は施術所の所在地を管轄する厚生局の事務所へ提出します。
施術管理者の要件
受領委任は施術所単位で扱い、施術所ごとに「施術管理者」を決めて申し出ます。令和3年1月1日から、この施術管理者になるには「実務経験の証明」と「研修の受講」の2つが要件になりました。
実務経験として認められる期間や研修の内容は厚生局が案内を出しているので、申し出の前に管轄の厚生局で確認しておきましょう。
研修をまだ修了していない人などを対象に、確約書を出すことで先に申し出ができる特例の取扱いもあります。免許を取ったばかりで開業を急ぐ場合は、この特例に当てはまるか確認しておくと選択肢が広がります。
申出に必要な書類
新規で受領委任の取扱いを受けるときに必要な様式は次のとおりです。
- 確約書(様式第1号)
- 療養費の受領委任の取扱いに係る申出・施術所の申出(様式第2号)
- 療養費の受領委任の取扱いに係る申出・同意書(様式第2号の2)
- 施術管理者選任等証明(個人開設は様式第1号の2、法人開設は様式第1号の3)
- 勤務形態確認票(様式第2号の3)
これに加えて、施術管理者研修修了証の写しと実務経験期間証明書の写しを添えます。出張専門の施術者が施術管理者になる場合は住民票も必要です。
提出は管轄の厚生局事務所へ1部で、郵送もできます。施術所の名称や連絡先が変わったときは、届出事項の変更届(様式第4号)を出します。
提出前に確認しておくこと
- 施術管理者を誰にするか(複数管理・複数勤務なら勤務形態確認票も必要)
- 研修修了証と実務経験期間証明書が手元にそろっているか
- 保健所への施術所開設届を先に済ませているか
医師の同意書が必要な対象疾患
はり・きゅうの療養費は、どんな症状でも使えるわけではありません。対象となるのは神経痛・リウマチ・頸腕症候群・五十肩・腰痛症・頸椎捻挫後遺症の6疾病で、これ以外は保険者が個別に判断します。
保険施術を始めるには医師の同意書が必要で、施術者の判断だけで開始することはできません。同意には期限があり、切れたまま施術を続けると療養費の対象から外れます。
訪問での保険施術は、同意書の管理に加えて往療の要件も絡んできます。訪問鍼灸を考えている場合は、負担になりやすい点を先に押さえておくと判断しやすくなります。
同意書がないと、保険の施術はスタートできないんだね
参考:関東信越厚生局「はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師の施術に係る療養費の受領委任に関する申し出」 / 厚生労働省「はり、きゅう及びあん摩マッサージ指圧の同意書の取扱い(保険医療機関及び保険医の皆様へ)」
求人を探すタイミングは?
鍼灸師自身が加入する社会保険

ここまでは患者さんに関わる保険の話でした。鍼灸師本人の医療・年金・労災は、雇われて働くか自分で開業するかで入る制度が入れ替わります。
勤務先で社会保険に加入する場合
健康保険と厚生年金は、事業所単位で適用されます。法人が運営する施術所は、働く人数にかかわらず強制適用です。
個人が開設した施術所の場合は、常時5人以上の従業員を使用していれば強制適用になります。健康保険法は適用業種のひとつに「疾病の治療、助産その他医療の事業」を挙げており、鍼灸院もここに含まれます。5人未満でも、任意適用事業所の認可を受けて加入する道があります。
加入手続きは事業所側が行うため、本人は書類を提出するだけで済みます。求人票でよく見る「社会保険完備」は、健康保険・厚生年金・雇用保険・労災保険の4つがそろっているという意味です。
- 社会保険完備の記載は96%(2,814件中2,715件)
- 賞与・ボーナスありは62%
- 退職金制度ありは15%
開業して国民健康保険に加入する場合
開業すると健康保険を抜け、市区町村の国民健康保険と国民年金に切り替わります。退職して勤務先の健康保険を外れた場合、届出には期限があるので早めに動きましょう。
もうひとつの選択肢が任意継続です。資格を失う日の前日まで継続して2か月以上被保険者だった人は、保険者に申し出て同じ健康保険を続けられます。保険料は会社負担がなくなるぶん上がりますが、扶養家族が多い人は国保より安くなることがあります。
| 比べる点 | 国民健康保険 | 任意継続 |
|---|---|---|
| 選べる人 | 勤務先の健康保険を抜けた人 | 資格を失う日の前日まで継続して2か月以上被保険者だった人 |
| 手続き先 | 市区町村の窓口 | それまで加入していた健康保険の保険者 |
| 家族の扱い | 扶養という考え方がなく、家族も一人ずつ被保険者になる | 被扶養者をそのまま続けられる |
| 向きやすいのは | 扶養する家族が少ない人 | 扶養する家族が多い人 |
国民健康保険には傷病手当金がありません。ケガや病気で施術ができない期間の収入をどう埋めるかは、開業前に考えておきたいところです。
国保組合という選択肢
国民健康保険組合は、国民健康保険法第13条により同種の事業や業務に従事する人で組織されると定められています。医師国保や歯科医師国保がその代表です。
ただし、鍼灸師だけを対象にした全国規模の国保組合はありません。地域によっては施術者が加入できる組合がある場合もありますが、加入資格は組合ごとに違います。「同業だから入れる」と決めつけず、開業予定の地域で加入できる組合があるか個別に確認しましょう。
勤務か開業かで、入る制度がごっそり変わるんだ
労災保険の特別加入
雇われて働く鍼灸師は労災保険の対象で、本人の手続きは不要です。いっぽう開業して一人で働く鍼灸師は、本来は労災保険の対象外になります。
これを補うのが特別加入制度です。令和4年4月1日から、あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師も特別加入の対象になりました。区分は「一人親方その他の自営業者」で、個人で直接申し込むのではなく、承認を受けた特別加入団体を通じて申請します。
補償のベースになる給付基礎日額は3,500円から25,000円の範囲で選びます。年間の保険料は、選んだ給付基礎日額に365を掛け、さらに保険料率を掛けて計算します。あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師が行う事業の保険料率は1000分の3で、日額を高くするほど補償も保険料も上がります。
給付基礎日額と年間保険料の関係
※年間保険料=給付基礎日額×365×保険料率(1000分の3)
参考:e-Gov法令検索「健康保険法」 / 神奈川労働局「労災保険の特別加入制度(一人親方その他の自営業者)について【労働保険徴収課】」
手続きを進める順番

3つの保険は、手続きの相手も期限もバラバラです。勤務と開業では踏む順番が変わるので、自分の立場に合わせて整理しておきましょう。
| 手続き | 鍼灸院に就職する場合 | 開業する場合 |
|---|---|---|
| 健康保険・厚生年金 | 勤務先が手続きする(本人は書類提出のみ) | 国民健康保険か任意継続に自分で切り替える |
| 労災保険 | 入職した時点で対象になる | 特別加入団体を通じて申し込む |
| 賠償責任保険 | 勤務先の加入状況を確認し、必要なら個人でも加入する | 自分で加入する |
| 受領委任 | 施術所として申し出るもので、本人の手続きは不要 | 保険施術を扱うなら地方厚生局へ申し出る |
鍼灸院に就職する場合
入職時に自分で動く必要があるのは、実質的に賠償責任保険だけです。勤務先が施設として加入しているかを確認し、自分の施術が補償に含まれない、あるいは将来の独立を見据えて継続したいなら、都道府県の鍼灸師会に入会して個人でも備えておく形が取れます。
受領委任も施術所として申し出るものなので、勤務者が厚生局へ出向くことはありません。ただし勤務先が受領委任を扱っているかどうかで、日々の業務内容と請求事務の負担が変わります。求人を見るときに確認しておくとギャップが減ります。
いまの状況に近いのは?
開業する場合
開業では、届出の順番そのものが受領委任の可否に関わります。保健所への施術所開設届は開設後10日以内で、この届出を済ませていないと厚生局への申し出が進みません。
開業手続きの6ステップ
開業準備の全体像や資金の考え方は、開業の記事にまとめています。
順番が分かれば、あとは一つずつ片づけるだけ!
まとめ
鍼灸師に関わる保険は、施術事故に備える賠償責任保険、患者さんの健康保険を扱うための受領委任、鍼灸師本人の社会保険の3つです。混同しやすいのは、受領委任が「保険への加入」ではなく厚生局への届出だという点です。
勤務するなら、社会保険と労災は勤務先に任せられます。自分で動くべきなのは賠償責任保険の有無の確認だけです。開業するなら、保健所・税務署・市区町村・厚生局・特別加入団体と相手が一気に増えるので、開設届を起点に順番を組み立てましょう。
保険の扱い方は職場によって差があります。受領委任を扱う施術所と自費専門の施術所では、日々の業務も身につくスキルも変わります。職場選びの段階で確認しておくと、入職後のギャップを避けられます。


